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日本視覚障害者サッカー協会発足までの歩み

2003年3月

国内初の全国大会となる「第1回日本視覚障害者サッカー選手権大会」を実施し、開会式には元日本代表の北澤豪さんを迎えるなど華々しく行われた。 優勝は関西地区の選手で構成された「西日本セレクターズ」が初めての栄冠に輝いた。

以降、新潟で講習会、各地で練習会を開催し、2003年秋のアジアカップ、アテネ・パラリンピック、世界選手権を目指し、普及と強化に努めている。

2002年11月
ブラジル、スペイン、韓国、日本が参加した世界大会が韓国ソウルにて開催。 スペインが優勝。日本は最下位に終わる。
  • 韓国0-2スペイン
  • 日本0-3スペイン
  • 韓国0-0ブラジル
  • 韓国3-2日本
  • スペイン3-1ブラジル
  • 日本0-7ブラジル
2002年10月
「音で蹴るもう一つのワールドカップ実行委員会」の発展的解散を経て「日本視覚障害者サッカー協会」が発足。
2002年8、9月
岐阜高山、神戸にて韓国、ベトナム、日本が参加した「アジア・フレンドリーシップ・カップ」を開催。 韓国、ベトナムを下し日本が優勝を果たす。
  • 日本0-0韓国(PK2-1にて日本勝利)
  • 日本1-0ベトナム
  • 韓国3-0ベトナム
日本2勝により優勝。
2002年5月
韓国ソウルにて韓国VS日本が実現。0-0の末、韓国がPK勝ちを納める。
2002年4月
横浜、大阪にてブラインドサッカー韓国代表監督である金氏を招き講習会を開催。
2002年3月
夏の岐阜・高山、神戸にて行われるブラインドサッカー・アジア交流戦を目指し「音で蹴るもう一つのワールドカップ実行委員会」を設立。
2002年1月
神戸にて初の練習試合を実施。
2001年11月
日韓交流戦を実現すべく大阪にて釜本邦茂氏などを交えブラインドサッカーの発足式が盛大に行われる。
2001年9月
「視覚障害者の文化を育てる会」の活動の一環として、当時アジアで唯一のブラインドサッカーの導入国である韓国ソウルを視察。